2017年5月24日水曜日

神話に学ぶ人の心の理

天瓊を以て滄海を探るの図(小林永濯・画、明治時代)
イザナギノミコトとイザナミノミコトが描かれている


今日は、神話の話をしたいと思います。

イザナギノミコト(男神)とイザナミノミコト(女神)が、日本列島を作ったという神話はご存知でしょうか。現代では、学校で神話について学ぶことはないので、案外知らない人もいるかもしれないですよね。私の時代でさえ、学校で日本神話について学んだことはなかったと思います。

男神から生まれた天照大神

イザナギノミコトから生まれたのが、天照大神(アマテラスオオミカミ)ですので、天照大神の母はイザナミノミコトということになりそうなのですが、実は、イザナギとイザナミはアマテラスが生まれる前に離婚しているんですよね。

アマテラスが生まれる前、イザナミは火の神を生んだために火傷を負って死んでしまったのです。黄泉の国に行ってしまったイザナミを慕って、夫のイザナギは自分も黄泉の国に行き、妻を返してもらおうとします。

イザナミはイザナギが来てくれたことを喜ぶのですが、「私の姿を見ないで待っていて」と頼みます。というのは、イザナミはすでに黄泉の国の住人になっており、体は腐敗し、ウジが湧いていたのです。そんな姿を夫に見せたくないという女心だったのでしょうね。

ところが、イザナギは待ちきれず、イザナミの姿を見てしまいます。あまりの恐ろしい姿にイザナギは、逃げ出してしまったのでした。

すると、イザナミは約束を破り、自分の姿を見たイザナギに腹を立てて追いかけます。イザナギはどうにか逃げ切って黄泉の国を逃げ出しますが、別れ際、二人は売り言葉に買い言葉で喧嘩しあって、完全に離婚したのです。

その後、黄泉の国から戻ったイザナギが汚れを落とすために海で体を洗った時に生まれた神の一人がアマテラスなのですね。

なので、アマテラスオオミカミは男神から生まれたということのようです。神様ですから普通の人間とは違うんですね。

ギリシア神話にも似た話がある

実は、ギリシャ神話の中にも似た話があります。

全能の神であるゼウスと記憶の女神ムネモシュネの間に生まれた9人の芸術神(ミューズ)のうちの長女カリオペの息子、オルフェウスの話です。

オルフェウスは竪琴がとても上手で、女性たちの人気の的だったとされています。そんなオルフェウスが愛情を注いだのが美しい妻のエウリディケ。

ある日、エウリディケは蛇に噛まれて死んでしまいます。悲しんだオルフェウスは冥界までエウリディケを迎えに行きます。

冥界の王は、オルフェウスの竪琴の調べの美しさに魅了され、エウリディケをもとの世界に返すことを承諾します。ただし、オルフェウスの後にエウリディケを歩かせ、冥界を抜け出すまでは、オルフェウスは決して後ろを振り返ってはいけないという条件をつけました。

オルフェウスは喜び、後ろを振り返らずに冥界を抜け出すために歩き続けます。ところが、あと少しというところで、オルフェウスは、エウリディケが後ろにいるかどうか心配になり、思わず後ろを振り返ってしまうのです。

途端にエウリディケは冥界に引き戻され、これが、二人の永遠の別れとなりました。

二つの話の意味するところは?

さて、この二つの神話から、何が読み取れますか?

解釈は様々だと思いますが、私は、男性の愛情というのは、女性の姿形によって大きく変化してしまうことを示唆しているのかなあ、なんて思いました。

エウリディケの場合には、死んで酷い姿になっているという話は出てきませんが、「見てはいけない」ということは、きっとイザナミと同じなのでは。

一方で、女性は、姿形に惑わされる男性の愛情に対し、失望したり怒りを抱いたりする。

なんとなく、「あるある」と思いませんか?

この二つの神話は、男女間の愛情についての真実を、示唆しているような気がします。

神話は一般化された人間の心の反影

さて、日本神話とギリシア神話のちょっとした共通点をご紹介しましたが、神話の中には、地域をまたいで、他にもさまざまな共通点が見られるように思います。

人の心というのは、やはり万国共通であり、また、時代をまたいで共通なのでしょうね。

すると、神話を知ることは、人の心を学ぶことにもなりますね。

私たちが日々悩む人間関係や処世術については、案外、神話の中にヒントがあるかもしれませんね。

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